研究内容

赤ちゃんの泣きやみと寝かしつけの科学


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5分間抱っこ歩きを試してみたい方へ


研究の背景

赤ちゃんは泣くのが仕事といわれるように、よく泣くのが普通です。しかし、あまりにも泣きやまず、特に夜泣きなどで寝付かないと、親にとってはストレスになり、まれには虐待につながることさえあります。寝かしつけには、おんぶや抱っこ、ベビーカーでの散歩、ゆりかご、スワドリング(赤ちゃんを布で巻く)など、文化によってさまざまな方法が用いられてきました。しかし、こうした方法の効果を科学的に検証した研究は意外なほど少なく、赤ちゃんを効果的に泣きやませ、寝付きやすくさせる方法は、薬剤以外ではよく分かっていませんでした。


2013年に報告した赤ちゃんを運ぶとおとなしくなる「輸送反応」の研究では、抱っこして歩く時間が約20秒間と短く、歩くのをやめると赤ちゃんは再び泣き出してしまうという課題がありました。そこで、異なる方法での輸送やより長い抱っこ歩きが赤ちゃんの泣きや生理指標に与える効果を調べました。


泣いている赤ちゃんには輸送が効果的

生後7カ月以下の赤ちゃん21人とその母親の協力を得て、赤ちゃんを「抱っこして歩く」、「抱っこして座る」、「ベッドに置く」、「ベビーカーに乗せて前後に動かす」という、動きと抱っこの有無を組み合わせた4つのタスクをランダムに行ってもらい、そのときの赤ちゃんの状態と心電図を記録しました。

実験で行った4つのタスク

まず、それぞれのタスクを30秒間行った際の赤ちゃんの状態を声や眼の開閉から解析しました。




すると、激しく泣いていた赤ちゃんは、抱っこして歩く、あるいはベビーカーに乗せて前後に動かす、といった輸送されているときに有意に泣きやみましたが、座ったままの抱っこでは泣きやみませんでした。

泣いていた赤ちゃんに4つのタスクを行ったときのはじめと30秒後の乳児状態スコアの推移。*P<0.05, ***p<<0.001.

また、おとなしいあるいは少しだけぐずっていた赤ちゃんは、抱っこして歩く、ベビーカーを動かすといった輸送では変化がありませんでしたが、座ったままの抱っこやベッドに置くなど動いていないときは、むしろ泣き出してしまう傾向が見られました。

おとなしい、あるいは、少しぐずっていた赤ちゃんに4つのタスクを行ったときのはじめと30秒後の乳児状態スコアの推移。**P<0.01, ***p<0.001.

このことから、赤ちゃんの泣きやみには輸送が効果的であることが分かりました。


(乳児状態スコアの数値と実際の赤ちゃんの状態の例)


5分間抱っこ歩きは泣いている赤ちゃんを泣きやませ、眠りを促進する

次に、激しく泣いていた赤ちゃんに、30秒間のタスクで最も効果のあった抱っこ歩きを5分間行いました。すると、5分後には全員が泣きやみ、45.5% (5人/11人中) が眠っていました。さらに、歩くのをやめた後18.2%(2人/11人中)が1分以内に眠りました。このように、抱っこして5分間歩くことは、赤ちゃんの泣きやみに効果が高いだけではなく、リラックス状態を促進させ、約半数の赤ちゃんを昼間でも寝かしつける作用があることが分かりました。

泣いていた赤ちゃんを5分間抱っこして歩いた結果。(上)各状態の人数と割合の推移、(下)乳児状態スコアの推移。親の疲労や実験上の配慮によりタスクを中断したケースがある。*P<0.05.

一方で、泣いておらずおとなしい、あるいは少しぐずっているくらいの赤ちゃんには、5分間抱っこして歩いても眠りにはほとんど効果がないこともわかりました。

おとなしい、あるいは少しぐずっていた赤ちゃんを5分間抱っこして歩いた結果。(上)各状態の人数と割合の推移、(下)乳児状態スコアの推移。親の疲労や実験上の配慮によりタスクを中断したケースがある。

この理由は不明ですが、泣いている赤ちゃんは元々疲れていたり眠かったりしてぐずっていたと考えると、元気に起きていた赤ちゃんと比べて輸送により寝かしつけやすい、という可能性が考えられます。

(5分間抱っこ歩き中に眠った例)


(5分間抱っこ歩きでは眠らなかったが、その後抱っこ座りで1分以内に眠った例)


眠った赤ちゃんを置くと起きてしまうことも・・・

抱っこ歩きで赤ちゃんが眠った後も、ベッドに置くと起きてしまうという難関が待ち受けています。今回の研究でも、いったん抱っこで眠った赤ちゃんをベッドに置くと、約3分の1(9人/26人中)の赤ちゃんが起きてしまいました。


心拍間隔の解析から赤ちゃんの状態を探る

そこで、赤ちゃんの状態をより精密に調べるために心電図を解析しました。赤ちゃんの心拍数の変化は、睡眠や覚醒状態を制御する自律神経の活動状態を敏感に反映するため、心電図を解析することで赤ちゃんの状態をより精密に調べることが可能になります。心臓の拍動は常に一定ではなく、数ミリ秒から数十ミリ秒程度揺らいでいるのが通常です。心臓の鼓動と鼓動の時間間隔を心拍変動と言い、心拍間隔の制御には、呼吸、血圧、自律神経などさまざまな生体機能が関与しています。心拍間隔が大きい(=心拍がゆっくり)ときは、自律神経のうち副交感神経優位のリラックス状態であること、心拍間隔が小さい(=心拍が速い)ときは、交感神経優位の興奮やストレス状態であることがわかります。

心拍間隔は赤ちゃんの状態を反映して変化する。


抱っこで眠るよりも置いた方が赤ちゃんは深く眠れる

眠っている赤ちゃんの心電図を解析すると、抱っこされたまま眠っている赤ちゃんよりも、ベッドに置かれて眠っている赤ちゃんの方が、心拍間隔が大きくなり(=心拍がゆっくりになり)、さらに深い眠りに入っていることがわかりました。

抱っこでの眠りとベッドでの眠りの比較。(左)抱っこで眠っている赤ちゃんをベッドに置いたときの心拍間隔の推移。(右)抱っこで眠っているよりもベッドに置いた方が心拍間隔が大きくなり(=心拍数が下がり)、深く眠れている。**p<0.01.


背中スイッチではなく「分離センサー」

さらに、このようにベッドにおいても見た目はよく眠ったままに見える赤ちゃんでも、ベッドに置かれる際には心拍間隔が小さく(=心拍が速く)なり、覚醒方向に変化していることもわかりました。そして、この覚醒し始めるタイミングは、背中がベッドに着くときではなく、それよりも前の、抱っこされている体が親から離れ始めるときでした。日本では、眠っている赤ちゃんをベッドに置くと起きてしまう現象を「背中スイッチ」といいますが、実は赤ちゃんの体が親から離れることを察知する「分離センサー」だったのです。

眠っている赤ちゃんをベッドに置くとき、赤ちゃんは親からの体の離れ始めを察知し、急激に心拍間隔が小さくなり(=心拍数が上がり)、覚醒方向に変化する。背中など体が着地する時ではない。

ほかにも、眠っている赤ちゃんは、親が抱っこ歩きの際に向きを変えたり、座っている親が赤ちゃんに添えた手の位置を変えたり、親がベッドに寝ている赤ちゃんに触れたりするだけでも、鋭敏に反応して覚醒方向に変化する(=心拍が速くなる)ことも分かりました。つまり、赤ちゃんは寝ているときも、親の行動の変化を常に感知し反応しているのです。


赤ちゃんを置いても眠り続けられるかには眠ってからの時間が重要だった

最後に、どうすれば眠っている赤ちゃんを起こさずにベッドに置けるのかを明らかにするため、赤ちゃんが起きてしまったグループと眠り続けていたグループで、親の寝かせ方に違いがなかったかを調べました。親が赤ちゃんの体を置く速度や、体のどの部分を一番に置くかなどが違うのではないかと考えて細かく調べましたが、二つのグループの間で差はありませんでした。

唯一、二つのグループではっきり違っていた点は、ベッドに置く前の赤ちゃんが寝ていた時間の長さでした。起きてしまった赤ちゃんは眠り始めてから平均3分間、寝続けていた赤ちゃんは平均8分間経ってベッドに置かれていました。寝続けていた赤ちゃんであっても、眠ってから5分間以内に置かれた場合には、置く途中で目を開けたり声を出したりと、かなり起きかけていたことも分かりました。

(左)置いても寝続けられた赤ちゃんは眠ってから平均8分経過して置かれていた。(右)眠ってから8分よりも早く時間に置き始められると、置いている途中に赤ちゃんの発声や開眼が見られ、覚醒に近い状態になることが多い。


実は、眠ってすぐの睡眠は「ステージ1睡眠」と呼ばれ、まだ眠りが浅くちょっとした物音でも起きてしまうことが睡眠の研究で明らかになっています。このステージ1睡眠の長さが、赤ちゃんでは平均で8分間程度だったのです。このことから、赤ちゃんが眠り始めてから5~8分間ほど待つと、より深い睡眠の段階に入るため、赤ちゃんが起きにくいと考えられます。


以上の結果をまとめると、赤ちゃんが泣いているときには、抱っこしてできるだけ一定のペースで5分間歩き、その後赤ちゃんが寝ついてもそのままベッドに置くのではなく、抱っこしたまま座って5~8分程度待ってからベッドに置くと、赤ちゃんが起きずにさらに深く眠れる可能性が高いことが分かりました。

今後の期待

赤ちゃんの寝かしつけや夜泣きの問題には、寝る前のルーティンを決める、昼によく遊ばせるなど日々の習慣の改善や、赤ちゃんが自分で寝られるようにトレーニングすることなどが提案されており、それぞれに効果があるといわれています。しかし、夜泣きが起こっているまさにそのときにできることはあまり知られていません。授乳で落ち着かせようとしてもその場に母親がいなかったり、ひどく泣いているときはミルクやおしゃぶりさえも受け付けない場合があります。本研究では、そのようなときに利用でき、数分間で効果のある「抱っこ歩き」の効果を実証しました。


歩く場所は、つまずきやすいものがない平らなところにします。抱っこは手でも、また抱っこひも・おんぶひもを使っても良いですが、ぐらぐらしないよう赤ちゃんの体と頭を自分の体につけて支えるようにします。歩き始めたら急に向きを変えたり不必要に立ち止まったりせず、一定のペースで淡々と5分間ほど歩くことが、赤ちゃんの心拍を落ち着かせ、泣きやみを促進する上で効果的です。そして、もしこの5分間の輸送の間に抱っこした赤ちゃんが眠ったら、5~8分間座って待ってからベッドに置いてみましょう。置く前にしっかり眠っていれば、体が離れる際に少し目覚めかけても、また睡眠に戻っていくことも、今回の研究で分かりました。


5分間程度抱っこして歩くことは、赤ちゃんを連れての健診や買い物など、日常生活の中でも経験することから、一般的な注意をすれば安全に行えます。もし5~10分間歩いても赤ちゃんが全く泣きやまないようなら、赤ちゃんの様子にいつもと違ったところはないか、観察してみることをお勧めします。例えば、中耳炎などで具合が悪くて泣いている場合には、輸送では泣きやまないと考えられるからです。一方で、赤ちゃんの泣きには個人差が大きいことも分かっており、医療機関などに相談して特に医学的な問題がないのであれば、泣きの量自体はその後の発達には影響がないとされています。


育児の方法は文化によりさまざまで、赤ちゃんが泣いたとき抱っこするなどしてなだめることは、赤ちゃんを穏やかに育てるために大切と考える文化もあれば、逆に自分で泣きやんだり眠る力をつけるのを妨げ、甘やかしてしまうと考える文化もあります。このような長期的な影響については、今回は調べていないので分かりませんが、実際はどうなのか、一層の科学的研究が必要です。

また、今回調べた5分間の輸送は、今泣いている赤ちゃんを泣きやませるのに即時的な効果がありますが、赤ちゃんが寝付きやすいように生活リズムや環境を整えるなど、普段の育児の方法を代替するものではありません。今回の方法はむしろ、毎日の寝かしつけというよりも、旅行や親の不在など普段と異なる状況において、赤ちゃんが眠いのに寝付けなくてぐずっているような場合に役立つのではないかと考えられます。


さらに、今回の実験は母親に行ってもらいましたが、抱っこやベビーカーでの寝かしつけは、父親や祖父母、ベビーシッターなども行うことがあることから、母親以外の人でも効果があると考えられます。人によってその効果が異なるかどうかなども、今後検証していきたいと考えています。



5分間抱っこ歩きを試してみたい方へ

もし、「泣いている赤ちゃんを抱っこして5分歩く」を試してみたいと思われた場合、以下の点にご注意ください。


  • 歩く場所は段差のない屋内とし、つまずかないよう事前に片付けておきます。
  • 抱っこは腕でも、抱っこひもやおんぶひもを使う場合でも、赤ちゃんの頭や体がぐらぐらしないように、自分の体につけてしっかり支えます。
  • 歩き始めたら不必要に止まったり向きを変えたりせず、一定のペースで歩きます。(駅に行くなど目的に向かって淡々と歩くイメージ。)
  • 歩幅はやや小さめにし、決して走ったり、ジャンプしたりしない
  • 時間は感覚ではなく時計などで計ります。
  • 5~10分抱っこして歩いても泣きやまないようなら、赤ちゃんの様子に普段と違ったところがないか観察してみることをおすすめします。発熱や中耳炎などの場合は泣きやまないと考えられるためです。一方で、医学的な問題がなくても非常によく泣く赤ちゃんが一定の割合で存在することがわかっており、その後の発達に大きな影響はないことも過去の研究で明らかになっています。


【免責事項】 理化学研究所・当研究室では、当該研究成果の利用における確実性、安全性等につきましていかなる保証もいたしません。また当該成果を利用することによって生じたいかなる損害についても一切の責任を負いません。




研究成果を利用したアプリ開発

私たちはこれらの研究の成果をもとに、心拍から赤ちゃんの状態を予測し、泣きやみ・寝かしつけなどの育児をサポートするアプリの開発を進めています。

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