研究内容

親子関係の脳科学:哺乳類の養育(子育て)行動

1. 親和性社会行動とは

社会行動の中でも、社会のメンバー同士を結びつけ、共存関係を築くための行動


<例>

● 親の子育て

● 子の親への愛着

● つがい形成、家族関係

● 群れ行動

● 集団での狩りや分業などの協調的行動

■ 性行動

■ 対立・攻撃行動(縄張り争いなど)


私たちは特にほ乳類全体に保存されている親子関係に焦点をあて、神経メカニズムを研究しています。研究の最終目標は、人間の親子関係の理解と支援です。



2. ほ乳類の親子関係

ほ乳類の子は未発達に生まれるため、哺乳や保護など親の世話なしには成長できません。そのため、子どもには親を慕う「愛着行動」、親には子育てをする「養育行動」に必要な神経回路があります。(上手になるには経験・学習が必要)


<親子関係の4要素>

親(主要な養育者)
 
 (ⅰ)親の行動
  授乳
  清潔にする
  保温
  巣作り、危険から守る
  子を運ぶ
  コミュニケーション、教育(情報伝達)
  子別れ

 (ⅳ)子の行動から親が受ける影響
  内分泌変化、射乳、排卵抑制
  情動的反応
  適切な養育行動の選択・学習












 (ⅱ) 親の行動から子が受ける影響
  栄養、受動免疫の獲得
  衛生
  体温保持
  安全
  輸送反応
  社会性学習、認知発達
  独立

 (ⅲ) 子の行動
  ルーティング、吸乳
  特定の親を記憶
  選択的追従
  コミュニケーション(泣く・笑う)
  親離れ(分離―個体化)、反抗


<授乳に必要な親子の行動・反応>

自然に行われているように見える授乳も、実は親子が互いに働きかけ、それに相手がこたえる繰り返しによって達成される、複雑な現象です。


図 授乳に必要な親子の行動反応         

図2                        


<マウスの親子関係>

図3

親子関係はすべてのほ乳類の生存に必須なので、親子関係の脳内メカニズムも、基本的な部分は進化的に保存されているはずです。私たちは父母ともよく子の世話をするハツカネズミ(マウス)を主に用い、養育と愛着の神経機構を調べています。


<仔集め(レトリービング)試験>


図4

 3匹の仔集めに要する時間
 母 3分以内
 父 5分程度
 未経験メス 15-60分
 未経験オス 集めないことが多い


レトリービング(仔を運んで巣に集める)行動は母親以外のマウスもできる子育て行動で、子育てのやる気や技術を測るのに便利です。



3. 親子関係の脳科学研究の手法

図 親子関係の脳科学研究の手法

どうやって親子関係の脳内メカニズムを調べるの?

  1. 子育て中に活性化する脳部位を、cFos発現マッピング等で探す
  2. その脳部位の阻害で子育てが特異的に阻害されるか調べる
  3. その脳部位の神経細胞(ニューロン)の種類や入出力を調べる
  4. ニューロン種ごとの活性操作で行動がどう変化するか調べる
  5. 関与するニューロンに特異的に発現する遺伝子を探し、遺伝子特異的に発現操作して行動がどう変化するか調べる


4. 子育て中枢:内側視索前野(MPOA)

MPOA : the medical preoptic area of hypothalamus



MPOAは子育て時に活性化されること、またMPOAの破壊は子育てを特異的に阻害することから、養育行動にとって非常に重要な機能を果たしていると考えられています。

(Numan, 1974; Terkel et al, 1979; Kalinichev et al., 2000), (Cala-mandrei and Keverne, 1994; Numan and Numan, 1994; Li et al., 1999)


MPOAの中でも、養育行動の中には中心部cMPOAがもっとも重要です。cMPOAを破壊すると、交尾や出産は阻害されず、子育てが特異的にできなくなります。



一方、養育中にもっと活性化するのはオキシトシンニューロンを含む前交連核ACNの非オキシトシンニューロンでした。



ほ乳類の特徴であるほ乳には、オキシトシンとプロラクチンというホルモンが必須です。これらの分子のノックアウトマウスは授乳できませんが、養育行動はあまり障害されません。ほ乳の進化以前に、母子関係は進化しており、これにはホルモンは必須ではないと考えられます。



5. 養育経験の分子機構

養育しているマウスでは、MPOAのニューロンの中でERK-FosB-SPRY1/Radシグナル伝達経路が活性化します。この経路を阻害すると、母親は子育てできますが、若いメスマウスは子育て学習ができなくなりました。 (Kuroda et al, 2007,2010)


 

  



子育ては「母性本能」?


食事や性行動などと同様、子育てが上手にできるためには、経験・学習による神経回路の発達が必要です。

◆ 人生早期の社会関係から得た経験

◆ 子育てしている人を見て学ぶ経験

◆ その場で実際に子どもと接する経験


とくにヒトを含む霊長類では、3種類の経験がどれも非常に大切です。そのうち「実際に接する」経験学習にはERK-Fosシグナル伝達が関係しています。



6. マウスの「父性の目覚め」

若いオスマウスはあまり子育てをせず、仔をいじめてしまうこともあります。しかしメスと同居し父親となると、母親と同じように上手に子育てをするようになります。この時父マウスは、自分の仔だけでなくよその仔であってもかわいがるのです。よその仔という刺激は同じなのに、経験がオスの脳の中で何かを変え、自然に父性が目覚めるのは不思議ですね。


この「父性の目覚め」現象はライオンやサルにもありますが、メカニズムは不明でした。そこでオスの子育てと子をいじめる行動に係る脳部位を探したところ、ACN,MPOA(特にcMPOA)とBST(特にBSTrh)が見つかりました。




BSTrhを阻害すると若いオスの子殺しが減少し、cMPOAを阻害すると父親は子育てできなくなります。


cMPOAを光遺伝学や薬理遺伝学で人工的に活性化しても、若いオスの子殺しは減少しました。cMPOAとBSTrhは拮抗的に作用して、子育てと子殺しのどちらを選択するかが決まると考えられました。


さらにBSTrhとcMPOAの活性から、そのオスが子を養育したか攻撃したのかを当てることもできるのです。