研究内容
親子関係の脳科学:子の親への愛着行動
1. ほ乳類の親子関係
ほ乳類の赤ちゃんは世話をしてもらわなければ生きることができません。そのため親は子どもを守り清潔にし、栄養を与え、生存に必要な知識を伝えながら子育てをする「養育行動」を進化の中で発達させてきました。子どもも親を覚え、慕って後を追うなどの「愛着行動」によって親との絆を維持するために活動しています。社会や野外で自然に営まれている親子関係は、実は親子双方の日々の努力によって支えられているのです。
2. 親子関係と子の心身発達:愛着の理論
<社会分離の極端な例>
(Bakwin, H., 1941) 戦前の米国小児科病棟で衛生管理のため患児を完全隔離したところむしろ感染が持続し、退院するとすぐに回復する例が相次ぐ | (Harlow, H., 1958) マカクザルの子は親から離されるとストレスで弱ってしまう。母親らしい手触りの人形を入れておくと生き延びるが、成長してもうつ状態となり、社会行動ができない |
いくら栄養と衛生が完璧でも、極端な孤独状態は子どもにとって重大なストレス
⇒入院には家族の付き添いが推奨されるように。
<Bowlby「愛着の理論」>
「子どものこころの健康な発達にとって、母親または少数の養育者との安定した関係が必須である。」 (Bowlby, 1951)
この提言によって児童福祉は大幅に向上しましたが、一方で子どもの発達の問題の責任を養育者に押し付ける風潮も一時期生まれました。しかしボウルビィ自身は当初から、親を大切にする必要性を説いています。
「子どもたちが生存のため親を必要としているのと同じくらい、親も、とくに母親は、家族やより大きな社会を生存のために必要としている。もし社会が子どもたちを大切に思うなら、社会はまず親たちを大切にしなければならない。」
「子どもには、母親または母親代理の人と、親密で安定した関係をもつことが重要である。
その関係は、子どもだけでなく母親にとっても楽しくて満足できるようなものであるべきだ。」
<よくある誤解>
×「3歳児神話」:3歳までは常時母親が育てないと発達に悪影響がある
× 「母性愛神話」:母親はいかなる状況でも本能的に子を育てられる
これらは厚生労働省やNICHDの調査で否定されています。
また、生育環境が適切でなかったとしても、その影響は取り返しがつかないわけではないこともわかっています。
3.”だいたいよい”子育て
子育ては、時間と労力がかかり、時に命がけの重労働です。動物の親は、「できる限りよい子に」育てようというより、次世代の子を残すことができる程度に健康に育つよう、ほどほどに子育てをします。
恵まれた環境の現代日本でも、子育ては簡単ではありません。ましてや飢餓や病気、戦争などの厳しい条件下では、子育ては困難なのが当たり前です。「だいたいよい子育て」Good enough parentingという言葉を残した児童精神科医ウィニコットはつぎのように言っています:
「あなたの子どもが人形を使って遊べるなら、あなたは普通に見られる献身的な母親であり、私はあなたが大部分の時間を献身的な母親でいられると信じます。」 (Winnicot, 1957)
愛着行動の種類と役割
親子関係は哺乳と吸乳のように、相互に協力しあってはじめて成り立つものです。
人間の親が子を運ぶと子が泣き止み眠りやすいことは経験的に知られていましたが、科学的な証明はありませんでした。
親が子をくわえて運ぶ四足のほ乳類では、子が丸くなって運ばれることが報告されていましたが、大人しくなるかどうかはわかっていませんでした。そこで、ヒトとマウスの子が親に運ばれる時にどのような反応を示すか調べました。
4.親に運ばれる時、子はおとなしくなる「輸送反応」で親に協力している
輸送反応に必要な知覚入力
触覚を介した親らしい運び方の知覚と、固有感覚を介した空中を運ばれているという感覚の両方が、輸送反応を引き起こすのに必要。
輸送反応の適応的意義
仔が輸送反応を示すと親は運びやすくなる ⇒ 仔の生存に役立つ
⇒ Win-Win の関係
⇒ 輸送反応は原始的な愛着行動
これまでにわかったメカニズムのまとめ
輸送反応は一見反射のようだが、複数の感覚入力を統合し、全身にわたる出力を生み出す複雑な反応
⇒ 中枢の制御機構の同定が必要
子の愛着の神経メカニズムは未知の部分が多く、親の姿が見えなくなって子どもが泣き出す時、どのような脳部位が活動しているか、ほとんどわかっていません。
今後、輸送反応を含めた愛着行動を制御する脳内回路を、まずげっ歯類で、次に霊長類で明らかにすることで、将来的に人間の愛着の理解と支援につなげていきたいと考えています。
本研究の詳細はこちらの文献に記載されています。
Esposito G.*, Yoshida S.*, Ohnishi R., Tsuneoka Y., Rostagno MC., Yokota S., Okabe S., Kamiya K., Hoshino M., Shimizu M., Venuti P., Kikusui T., and Kato T. and Kuroda KO. : "Infant calming responses during maternal carrying in humans and mice", Current Biology, 23(9), 739-45 (2013)
*: These two authors contributed equally to this study.
Yoshida S, Esposito G, Ohnishi R, Tsuneoka Y, Okabe S, Kikusui T, Kato T, and Kuroda KO. : "Transport Response is a filial-specific behavioral response to maternal carrying in C57BL/6 mice."
Front Zool, 10(1), 50 (2013)